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阿修羅

先日、東京で「国宝 阿修羅展」を観て来ました。
興福寺に保存されている阿修羅像。
阿修羅展では大混雑のため、実はあまり心行くまで観ることができませんでした。もう一度じっくり観たい~!

昨日訪れたカフェの書棚に、たまたま興福寺の特集本があったので、手に取りました。とても興味深い内容でした。
興福寺についてここで私が語るのは、あまりに付け焼刃的な知識なのでやめとくとして・・・。ただ、阿修羅像について、その本の著者が語った言葉が心に残りました。そこから感じたことだけ、ここに書き残しておこう。

「阿修羅は世の中の悪を、仏の慈悲でもってすべて受容している。右顔は世の不正を憎み、唇を噛み締めている。私はそれを見て感じるのだ。すべてを赦しつつ、それでも不正を憎む心を持ち続けなければと」

阿修羅の正面のお顔を拝見すると、厳しくも慈愛に満ちた表情をしているように私には見えました。そしてやや悲しげにも。
阿修羅はもともと、不正を憎むあまりに魔神となり、そこからさらに救われたお姿なのだそう。すでに救われ、仏教の守護神となった存在、それが阿修羅なのだと解説されていました。
本当はもっともっと、深い深い歴史と様々な思想などがあって、専門的に勉強なさった方が読んだらお笑い種かもしれませんが・・・あくまで私が感じたことなので笑い流してくださいね。

赦すこと、それはつまり自分自身が救われるということでもあるのかな。赦せずに苦しんでいる間は、自分だって救われないものね。
赦して、自分も救われて、それで初めて慈愛の表情を浮かべることができるのかもしれない。そして、そこに悪への厳しさも宿る。

その辺まで考えたとき、何かの本で読んだ登場人物のセリフをふと思い出しました。
「赦すことは、案外簡単。自分の心の扉を、ひとつ多く開けること、それだけよ」というセリフ。どんな本の、どんなシーンだったかも覚えてないんだけど、このセリフだけがやけに心に残っていました。
人は人を赦し、そして赦されながら生きているのかもしれません。赦すことで、自らの痛みを浄化させ、心の扉を開けて、自分の中により広い心、厳しくも優しい心を育てていく・・・。

簡単には赦せない出来事、世の中にはたくさんあると思います。私の中にも、いまだに固執してしまう、「赦せない気持ち」が存在していて、時々、あの日々を思い出すと苦しんでしまう。
だけど、少しずつ解き放ってあげるしかないのだとも思う。ゆっくりと、軋む重い扉を開くようにしながら、赦せるように・・・。

なんだか語ってしまいました・・・。
でも、そんな気持ちにさせられ、じんわり涙雲。

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